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2006年11月23日

11月月次祭

19日(日)に今月のお祭りを行いました。
涼しくなってきた高雄は、過ごしやすい毎日です。
以下は、今月の通信です。

梅花出張所通信36号
立教169年(2006年)11月19日発行

❍ 日誌
10月22日 梅花出張所月次祭
 佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、呂榮元、廖秋景、植田和夫、寺下和樹。(計9名)。

❍ 我曰
 にちへにをやのしやんとゆうものわ たすけるもよふばかりをもてる(おふでさき十四35)と仰せくださる。人をたすける心の涵養と実践で、この果てしない親心にお応えせねば・・・。
御筆先諭示:日夜父母所關心 只欲準備拯世人(十四35)
為了回報此無限的父母慈心,本身要培育救人之心並力求實踐•••。

❍ 天理教教義的要項
ほこり
 親神様の思召に沿わない心遣いを「ほこり」にたとえてお諭しくださいます。ほこりは吹けば飛ぶような些細なものですが、油断をしているといつの間にか積もり重なり、ついにはちょっとやそっとではきれいにならないものです。
 それと同様に、心遣いは銘々に我がの理として許されていますが、思召に適わない自分中心の勝手な心を使っていると、やがて心は曇り濁って、親神様の思召も悟れなければ、十分なご守護も頂けなくなってしまいます。これが、身上の障り、事情のもつれともなって現れます。
 このほこりの心遣いを反省し、払う手掛かりとして、をしい、ほしい、にくい、かわい、うらみ、はらだち、よく、こうまんの八つのほこりを挙げ、さらに、「うそとついしょこれきらい」と心遣いの間違いを戒められています。教えの理を聞き分け、心の定規として、心遣いを改めるならば、心はすきやかとなり、身も鮮やかに治まります。これを「神がほうき」と仰せられます。
『ようぼくハンドブック』より
灰塵
不符合父母神的心態,以[灰塵]比喻而教導。灰塵如一吹就會飛走的微小之物。但如稍不注意,就會積存,再怎麼清掃也無法像本來那樣清潔。
與此相同,每個人的心都是做為自我之理而賜與之物,如只顧自己,不符合神意而恣意而為的話,不久內心將混濁,無法領悟父母神意,也無法充分蒙受佑護。結果將會為身體疾病、事情煩惱而痛苦。
反省灰塵的存心,做為清除的手段,舉出吝惜、貪心、憎惡、偏愛、怨恨、氣憤、私慾、驕傲等八種灰塵。更再諭示[月日險惡謊與諂],訓誡人們錯誤存心。詳明教義,並以此為內心的準繩,改換心念時,內心自然清澄,身體也健朗,這種做法就教導說,以[神為掃]。
摘自《新版用木手冊》

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