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梅花通信80号

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天理教梅花出張所6月の月次祭に参拝された皆さん

みなさん、こんにちは。
台湾、高雄市にあります天理教梅花出張所です。
毎月最後の日曜日にみんな集まって月次祭の参拝をしています。
参加したい方はご連絡ください。お待ちしています。

では、『梅花通信80号』をどうぞ。

梅花出張所通信80号 立教173年(2010年)7月25日発行
❍ 日誌 6月27日 梅花出張所6月月次祭  佐藤圭司、むつ美、なおり、日々喜、呂榮元、許廣益、謝志昆、洪龍山、謝秀奉、黃曼芬、黃俊豪、小高裕次、小高由美子、小高真美、松崎道孝。(参拝者計15名)

❍ 我曰
 「陽気ぐらしのキーワード、感謝・慎み・たすけあい」天理教のキャッチフレーズですが、この3つはとても大切だと思います。特に今の時代、「慎みの心」を忘れている人が多いように思います。そんな人は、我さえよければ、今さえよければそれでいい、という自己中心的な考え方になってしまいがちです。陽気な暮らしがあちこちから現れてくるように、自分の心の中に「慎み心」をいつも育てていたいものです。
 
[康樂生活的關鍵詞,感謝‧慎行‧互助]這是天理教的一個標語口號。我覺得這三個都很重要的。特別現在我想很多人忘記[慎行之心]。所以很多人往往會有以自己為中心的想法,類似只要我好就好、只要現在好就好‧‧‧。為了在我們的周邊以及世界各地快樂的氣氛出現,應該在自己的心裡一直養育[慎行心]才對,不是嗎?

❍ 天理教教祖傳逸話篇
七七 栗の節句
 教祖は、ある時、増井りんに、
「九月九日は、栗の節句と言うているが、栗の節句とは、苦がなくなるということである。栗はイガの剛いものである。そのイガをとれば、中に皮があり、又、渋がある。その皮なり渋なりをとれば、まことに味のよい実が出て来るで。人間も、理を聞いて、イガや渋をとったら、心にうまい味わいを持つようになるのやで。」
と、お聞かせ下された。
七八 長者屋敷
 教祖が、桝井キクにお聞かせ下されたお話に、
「お屋敷に居る者は、よいもの食べたい、よいもの着たい、よい家に住みたい、と思うたら、居られん屋敷やで。
よいもの食べたい、よいもの着たい、よい家に住みたい、とさえ思わなかったら、何不自由ない屋敷やで。これが、世界の長者屋敷やで。」
と。

七七 栗子節
有一天,教祖告訴增井玲:
[九月九日是栗子節。所謂的栗子節是要去掉苦澀的意思。栗子外殼帶刺而且堅硬;剝開外殼後,是一層厚皮和帶有澀味的薄膜;再把那厚皮和薄膜剝掉,就會出現味道甜美的果肉來。人也是如此,在聽到教理後,若能去掉外皮和澀味,內心將會甜美無比。]
七八 豪門宅院
教祖曾對舛井菊:
[在宅院的人,如果想吃好的、穿好的、住好的,是無法住在宅院;反之,只要你不想吃好的、穿好的、住好的,這是一個沒有任何不便的宅院。這才是世界上的豪門宅院呀!]

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2010年07月30日 01:52に投稿されたエントリーのページです。

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