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梅花通信87号

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2月月次祭に参拝された皆さん

こんにちは!
台湾は高雄にあります天理教梅花出張所です。
3月の月次祭には、台北からりかさんも参拝に来てくれました。
みんなで東北関東大震災を念じ、お祈りさせていただきました。
では、「梅花通信87号」をどうぞ!

梅花出張所通信87号
立教174年(2011年)3月27日発行

❍ 日誌
2月27日 梅花出張所月次祭
 佐藤圭司、むつ美、なおり、日々喜、謝志昆、洪龍山、謝佩容、小高裕次、小高由美子、小高真美、棚田義行。(参拝者計11名)

❍ 我曰
 3月11日に起きた東北関東大震災のニュースには、毎日心を痛めています。日本だけでなく、台湾の人、世界の人がみんな同じような気持ちだと思います。そんな中、発生当日から今現在まで寄せられる台湾やシンガポールからの電話やメール、声かけには、ただただ感謝するばかりです。普段会釈ぐらいしかしない近所の人も駆け寄って来て声をかけてくれましたし、10年以上も会っていない鶯歌の知人からの電話もありました。被災地はまだまだ大変な状況が続いていますが、今こそみんなが「感謝、慎み、たすけあい」を実践する時だと思います。そう、実践あるのみです。
 
3月11日發生的東北關東大震災的新聞讓我覺得心痛難過。我想不僅是日本國內,台灣的民眾、全世界的人們都有同樣的心態。發生當天開始從台灣各地與新加坡收到許多電話、簡訊、mail等等,我只有感謝不盡。平常互相只有微微點頭的鄰居跑過來問候,十幾年沒有碰面的友人從鶯歌打電話來等等‧‧。在災區還有很多困難的狀況。我覺得現在大家需要實踐[感謝、慎行、互助]的時刻。真的需要實行。

❍ 天理教教祖傳逸話篇
一二三 人がめどか
 教祖は、入信間もない梅谷四郎兵衛に、
「やさしい心になりなされや。人を救けなされや。癖、性分を取りなされや。」
と、お諭し下された。生来、四郎兵衛は気の短い方であった。
 明治十六年、折から普請中の御休息所の壁塗りひのきしんをさせて頂いていたが、「大阪の食い詰め左官が、大和三界まで仕事に来て。」 との陰口を聞いて、激しい憤りから、深夜、ひそかに荷物を取りまとめて、大阪へもどろうとした。
 足音をしのばせて、中南の門屋を出ようとした時、教祖の咳払いが聞こえた。 「あ、教祖が。」 と思ったとたんに足は止まり、腹立ちも消え去ってしまった。
 翌朝、お屋敷の人々と共に、御飯を頂戴しているところへ、教祖がお出ましになり、
 「四郎兵衛さん、人がめどか、神がめどか。神さんめどやで。」
と。仰せ下された。

一二三 以人做目標
教祖對信仰不久的梅谷四郎兵衛說:
[你要有溫厚的心;要拯救人;要改掉自己不好的習性!]
原本四郎兵衛生性急躁。一八八三年(明治十六年),當時休息所正在建築中,他也參加了砌牆的聖勞。有一天,他聽到有人在背地裡說:[在大阪無法謀生的泥水匠,才老遠到大和來做工。]心中非常氣憤,於是當天深夜裡,偷偷地收拾好行李,打算回大阪去。
他躡手躡腳的正要走出中南門屋的時候,忽然聽到教祖咳嗽的聲音。[啊!是教祖。]心中這麼想之際,腳步不由得停了下來,滿肚子的氣也消了。
第二天早上,跟宅院裡的人們在吃早飯的時候,教祖出來:
[四郎兵衛,你以人做目標,還是以神為目標呢?要以神為目標才是啊!]

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2011年04月01日 00:36に投稿されたエントリーのページです。

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