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梅花通信159号

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♪ 梅花出張所3月月次祭に参拝された皆さん ♪

みなさん、こんにちは!
台湾は高雄にあります、天理教梅花出張所です。
4月の月次祭を4月30日につとめました。
そして、同日梅花通信159号を発行しました。
どうぞご覧になってください!

梅花出張所通信159号
立教180年(2017年)4月30日発行

❍ 日誌
3月26日 梅花出張所月次祭
 佐藤圭司、佐藤むつ美、小村岳児、黃美蘭、蔡依婷、小阪優、数延順仁、黃啟元。(参拝者計8名)

❍ 我曰
 みかぐらうたに「ふたりのこゝろををさめいよ なにかのこともあらはれる」(4-2)とあります。両親が昨年結婚50年を迎え、金婚となりました。おめでたいことです。もちろんこの間大変なことなど色々あったことでしょうが、今こうして二人とも元気でいてくれることは、子供として一番嬉しいことです。二人が手を携えて天理の道を通る姿をお手本に、来年銀婚となる私達も二人の心をおさめていこうと思っています。

神樂歌裡有「夫婦意合心相連 萬般神祐皆可顯」(4-2)。我父母去年迎接結婚50年(金婚)了,可慶可賀。當然在這些年中有很多辛苦快樂,可是現在這樣兩個都保持元氣,對孩子來說最高興的事。攜手走天理之道的父母作為榜樣,明年迎接銀婚的我們決心今後也「夫婦意合心相連」。

❍ 教えを学ぼう!‐學習教理!
教祖のひながたについて知ります……の巻
 教祖が「月日のやしろ」になられた天保九年十月二十六日から、現身をお隠しになった明治二十年正月二十六日までの約五十年間のことを「ひながた」と言います。その中でも前半の二十数年間は、誰一人として教祖を信じる人はなく、人に物を施し続けられて貧のどん底の日々をお通りになられましたが、その後になって教祖は、不思議な親神様のお働きを人々の体に見せられた。当時、女の人にとっては命がけであったお産に不思議なご守護を現されました。また、足の立たなかった人が立てるようになったり、目の見えなかった人が見えるようになったり、こうしたことをきっかけにして、教祖の元へ集まってくるようになった人々に対して、教祖はおつとめを教えてくださるようになりました。ところが、その頃の法律では、人々がたくさん集まっておつとめをしたり、話し合いをすることが厳しく取り締まられていたので、その度に教祖は監獄に連れて行かれました。これは八十九歳というご高齢の時まで続きました。教祖がこうした厳しい日々をお通りくだされたのは、全て私達が安心して親神様の教えを信じられるようにという深い親心からでした。そしてひながたの最後に、おつとめをしっかりつとめることを強くおっしゃって、教祖は現身を隠されたのです。教祖は、今もご存命で私達を見守っていてくださいます。(内容一部改変)

你該知道的‧‧‧教祖典範 篇
教祖於一八三八年十月二十六日成為月日神龕,一八八七年一月二十六日隱去身影,前後大約五十年的期間,稱謂「典範」。雖然長達五十年,但前面二十五幾年間,教祖說的話沒有一個人相信,而且由於把家裡的財產都施捨出去,有很長的一段時間,教祖及家人過著相當貧窮的生活。可是那段日子之後,教祖開始在人們身上,顯現出不可思議的父母神祐護。在那個年代,生小孩是相當危險的事情。教祖先對孕婦施與不可思議的安產神許,讓孕婦能順利生下寶寶。另外,還讓沒辦法站立的人站起來、眼睛看不見的人也恢復視力。這些不可思議的事情接二連三地發生,因此前來拜見教祖的人也越來越多。於是,教祖也開始教導這些人如何跳神樂聖舞。可是,當時的法律並不允許人們聚在一起。當大家來到教祖這裡奉行聖舞,以及聆聽教祖教導道理的時候,就會遭到警察嚴厲的取締。因為這樣,教祖常常被帶到警察局去問話,這樣的情況一直到教祖八十九歲高齡時都沒有停止過。面對每天嚴厲的取締,教祖為了讓人們能安心敬拜父母神而不受警察影響,後來在人們團結一心奉行神樂聖舞時,隱去了身影,結束五十年的典範之道。現在,雖然我們眼睛看不見教祖,但教祖依然永生在世上,照顧著人們。 (改變內容一部分)

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2017年05月20日 01:01に投稿されたエントリーのページです。

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