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   <title>謝謝台湾</title>
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   <title>梅花４月月次祭</title>
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   <published>2008-05-05T15:52:02Z</published>
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   <summary>報告が遅くなりました。 ４月２７日（日）におまつりをつとめました。 なおらいに、...</summary>
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      報告が遅くなりました。
４月２７日（日）におまつりをつとめました。
なおらいに、ドリアンを用意していたのですが、
あまり喜んではもらえませんでした。
台湾に入ってくるドリアンはやはりイマイチ。
パサパサしてて、ざんねんーでした。
同日発行の「通信」です。
どうぞ。

梅花出張所通信53号
立教171年（2008年）4月27日発行

❍　日誌
3月23日　梅花出張所月次祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、呂榮元、許廣益、
邱玉鳳、松崎道孝。（計9名）

❍　我曰
　私達の教祖、中山みき様は立教以来、自ら身をもってたすけ一条の手本をお示しくださいました。ですから私達は教祖を「ひながたの親」とお慕いしています。4月18日（1798年）は教祖の誕生日。当出張所でもおはぎをお供えし、210歳のお誕生日をお祝いしました。
    我們的教祖中山美伎從立教以來，親身明示了專心拯救的範本，所以我們仰慕教祖為［典範之親］。4月18日（1798年）是教祖的生日。本出張所也供獻教祖［ohagi-紅豆麻糬］，慶祝第210次的生日。

❍　天理教實踐的要項
ひのきしん
　私たち人間は親神様から身体をお借りし、日々常々絶えざる親神様の十全の守護を頂戴して生きています。ひのきしんとは、そのご恩に報いる感謝の心からの行為であり、日常生活の中で絶えず心掛けさせていただくものです。
　つまり、かしもの・かりものの理が真に心に治まった時、その喜びと感謝が自ずから行動となって表れ出るのがひのきしんです。まさに、ようぼくらしい生き方、お道ならではの暮らし方ということができましょう。
　ぢばに伏せ込むひのきしん、それぞれの教会でのご用を始めとして、広く職場や地域社会で人の役に立つ活動などと、その表れ方は実にさまざまです。
　いずれも、親神様への感謝の心を根底に置いた、親神様にお喜びいただきたいという行為です。人が見ていようといまいと、倦まずたゆまず積み重ねる真実の実践を、親神様がお受け取りくださるとともに、知らず知らずのうちに自分自身の心のほこりが払われ、勇みがわいてきて、運命が明るく開けてきます。
　このひのきしんの実践の場は、親里や教会だけにとどまらず、公共施設の清掃や福祉施設での活動、献血、天理教災害救援ひのきしん隊の活動など、地域社会での、信仰に基づく「たすけあい」の活動としても展開されています。
　『ようぼくハンドブック』より
聖勞
    我們人類由於父母神借與身體，並且每日領受父母神的全能祐護才能生存。所為聖勞就是出自於對父母神的報恩、感謝心而表現的行為，於日常生活中隨時掛意而行動。
    也就是說，［借貸之理］真正領悟時，內心自然地發出喜悅與感謝，並付諸於行動，即是聖勞。聖勞的行為正是符合用木的生活態度；天理信仰者的生活方式。於原地伏蒔待萌的聖勞，以及各自教會的任務，更廣及工作場或地區社會，有利於人們的活動等，聖勞其實有種種方式。再怎麼說都是將感謝父母神的心置於心底，使父母神喜悅的行為都是聖勞。不管有沒有人看到，努力不懈怠，日日不斷的真誠實踐，就能蒙受父母神接受。同時，自己本身內心積存的灰塵，不知不覺之間也得到掃淨，而從內心底溢出踴躍心，因此打開光輝的命運。
    聖勞的實踐場所並不止於親里或教會，其他公共場所的清掃或福祉設施的活動、捐血、天理教災害救援聖勞隊的活動等，於各地區社會展開根據信仰的［互助合作］活動。
摘自《新版用木手冊》

      
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   <title>梅花３月月次祭</title>
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   <published>2008-03-26T15:26:24Z</published>
   <updated>2008-03-26T15:34:20Z</updated>
   
   <summary>３月２３日は月次祭でした。 前日夜半久しぶりに降った雨のせいか、涼しい日でした。...</summary>
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      ３月２３日は月次祭でした。
前日夜半久しぶりに降った雨のせいか、涼しい日でした。
前日の日中はいい天気で、海へ魚つりに出かけてきました。
釣れた魚は同日に、採った貝はなおらいに美味しく頂きました。
では、２３日発行の通信をお届けします。


梅花出張所通信52号
立教171年（2008年）3月23日発行

❍　日誌
2月24日　梅花出張所月次祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、呂榮元、許廣益、
高雪芬、金雅萍、林信誠、松崎道孝。（計11名）

❍　我曰
　３月１４日、筑波大学名誉教授である村上和雄先生の講演が高雄で開かれました。親神様の働きを科学者の視点から明確に、そしてユーモラスにお話されました。２０年前に天理大学の教室で興味津々で聞かせてもらったお話も多々あり、とても感慨深いひと時でした。呂さんも来て下さいました、謝謝！
    三月十四日，在高雄舉行村上和雄筑波大學名譽教授的演講會。村上老師把父母神的祐護從科學家的觀點來又明確又夾雜幽默感進行演講。剛好二十年前我在天理大學的一個教室裡聽過的內容也有。我覺得不勝感慨。當天呂先生也來聽演講，謝謝！！

❍　天理教實踐的要項
にをいがけ
　「にをいがけ」とは、匂い掛け。お道の匂いを、親神様を信仰する者の喜び心の匂いを、人々に掛けていくことをいいます。真のたすかりの道にいざなうための働き掛けです。親神様のありがたさを世の人々に伝え、信仰の喜びを広め分かち合うことは、何よりのご恩報じの実践です。
　にをいがけは、単なる宣伝や勧誘ではありません。また、人にお話をするという形だけに限定されるものでもありません。花の香りや良い匂いが自然に周囲に広まって人が寄り集うように、日々常に教祖のひながたを慕い、ひのきしんの態度で歩ませていただく姿が、無言のうちにも周囲の人々の胸に言い知れぬ香りとなって映り、人の心を惹きつけてゆくのです。
　たとえば、近所の公園や道路のゴミ拾いなどのひのきしん、あるいは、職場や地域での明るく親切なふるまいや率先しての行動は、自ずと成程の人として、道の匂いを周囲に映していくことでしょう。
　そうした実践の上に、一人でも多くの人に、一日も早く親神様の思召を知ってもらい、ご守護のありがたさを味わっていただけるように、積極的に声を掛け、ひと言のお話も取り次がせていただく、また、パンフレットの一つも読んでもらえるように努めることが大切です。たとえ十分には聞いてもらえなくても、精いっぱいの真実を込めて語り掛ける、それが大切なにをいがけです。
　『ようぼくハンドブック』より
播香
    ［播香］，就是散播天理之道的芳香。這是信仰父母神者將內心的喜悅感染他人的行為；也是為了引導人們步上真正的得救之道的行動。將父母神的恩澤告訴世人，與他人分享信仰的喜悅，是最實際的報恩行為。
    播香並非只是傳教、佈道就好；也不限於只用口傳的方式。只要我們每天經常懷慕教祖典範，厲行聖勞，這些行動就會像花香自然吸引週遭的人群一般，不用言語也能深入四周人們的心中，使他人受到薰陶。
    例如率先在住家附近的公園、道路做撿拾垃圾的聖勞，或在職場、地方上親切待人等的行動，自會成為有口皆碑的人，而將天理之道的芬芳散播出去。
    而且除了本身如此實踐力行外，為了讓更多的人能早日知道父母神意，體會神祐的恩澤，就是一兩句也好，一定要積極的對人傳揚神意，要勤於分發教理小冊給人閱讀。儘管對方沒有全然接受我們的談話，但只要言詞中滿懷至誠，就是最好的播香表現。
摘自《新版用木手冊》

      
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   <title>梅花２月のおまつり</title>
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   <published>2008-02-27T16:06:22Z</published>
   <updated>2008-02-27T16:31:11Z</updated>
   
   <summary>２月２８日。 台湾は和平記念日で祝日。 和平を祈念しましょう。 祈るということは...</summary>
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      ２月２８日。
台湾は和平記念日で祝日。
和平を祈念しましょう。
祈るということは、大きなパワーを持っている。
筑波大学の村上和雄先生のお話で、
遠くからでも祈りを捧げることで病人に変化が…
そう実証された話を思い出します。
その村上先生が来月台北（１２日）と高雄（１４日）で、
講演されることになり、とても楽しみです。
天理大学１年の時、講義をとってお話を聞いたのが最初で、
その後機会があるごとに足を運んで興味深くお話を拝聴しました。
また数年前からは産経新聞の「正論」欄の執筆者になられ、
それも楽しみの一つとなっています。
さて、
去る２４日に梅花出張所の２月月次祭を執り行いました。
今月もにぎやかに勤め終えました。
では、
同日発行の「通信」をお届けします。


梅花出張所通信51号
立教171年（2008年）2月24日発行

❍　日誌
1月27日　梅花出張所春季大祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、楊倩婷、廖彩蓮、林俐、許廣益、邱玉豐、高雪芬、林信誠、松崎道孝。（計13名）

❍　我曰
　今年もたくさん年賀状を出したりもらったりしました。久しぶりの人と連絡が取れた時は本当に嬉しいものです。
　先月の御祭には楊さんが十年ぶりに参拝に来てくれました。楊さんや彩さんが来ているその時、奇しくももっと久しぶりの人から電話がかかりました。その方は私達が台湾に来たばかりの時に近所に住んでいた方で、二年後にはじめておぢばにお連れした台湾の方です。再会を約束して電話を切り、春節の休みの時台北を訪れ、やはり十数年ぶりに会って、懐かしい話に花を咲かせました。
　こんな人生って不思議で、そしてやはり嬉しいものですね。
    今年也寄了不少賀年卡，也收到很多回信。隔了很久後能夠聯絡到的時候很高興。
    上個月楊桑隔了十年參加本所聚會。剛好楊桑和彩桑她們來的時候，我有接到更久沒碰面的老友打來的電話。我們約再會，到了春節我上去台北找她。她是我們剛到台灣的時候在我家附近開雜貨店的老闆。兩年後我第一次一起回原地的台灣人就是她。
    我覺得人生很不可思議，而且還是很值得歡喜的。

❍　天理教實踐的要項
お手振りを学ぶ
　教会本部では毎日、朝づとめの後に教祖の御前で、てをどりを二下りずつ、参拝者全員で勤めます。これを「てをどりまなび」と呼んでいます。それぞれの教会でも、これにならって朝夕のおつとめの後に、神殿でまなびを勤めています。「まなび」は学び。古来は「真似び」で、真似ること。師匠や先輩の技を真似ることから、学習、学問といった意味に使われてきました。
　お手振りも、まずは真似、慣れることです。お歌、手振りに込められた理合いを味わいつつ勤めるのが理想ですが、まずは教会のおつとめに参拝し、先輩と共に「まなび」を勤めて、見よう見まねでお手を振ってみることです。
　ひとくちメモ教祖は「これは、理の歌や。理に合わせて踊るのやで。ただ踊るのではない、理を振るのや」「つとめに、手がぐにゃぐにゃするのは、心がぶにゃぐにゃして居るからや。一つ手の振り方間違ても、宜敷ない。このつとめで命の切換するのや。大切なつとめやで」（『稿本天理教教祖伝』）と、おつとめの理の重さを教え示されました。
　『ようぼくハンドブック』より
學習手舞
    教會本部每天早拜後，全體參拜者都會一起在教祖殿奉行兩段手舞，稱為［手舞演練］。各地的教會也一樣，早晚拜後在神殿進行手舞演練。演練即仿效，也是學習的意思。
    手舞的手勢也同樣，由模仿到習慣其動作。最好是能體會歌詞及手舞中所蘊含的神意。因此首先要到教會參加早晚拜，跟著前輩們一起練習，由學習中記住手舞手勢。
    備忘錄對於聖舞之理的重要，教祖諭示：［此乃理之歌，要依理而舞。不只是舞，而且要合乎理呀！］、［奉行手舞的手勢軟而無力者，乃是其內心不夠堅定之故。每一個手勢均不得有誤。此聖舞可使生命重生，是很重要！］（《稿本天理教教祖傳》）
摘自《新版用木手冊》

      
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   <title>梅花春の大祭</title>
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   <published>2008-01-30T00:21:06Z</published>
   <updated>2008-01-30T00:35:55Z</updated>
   
   <summary>台湾は春節を間近にひかえ、お正月ムードも高まってきました。 そんな中、1月27日...</summary>
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      台湾は春節を間近にひかえ、お正月ムードも高まってきました。
そんな中、1月27日（日）、春季大祭をつとめさせてもらいました。
今月は台北から（あやさん）と台中から（モニカさん）も参拝にきてくれました。
モニカさんは「10年ぶりにおつとめをしました・・・」と。
では、当日発行の「通信」です。


梅花出張所通信50号
立教171年（2008年）1月27日発行

❍　日誌
12月30日　梅花出張所月次祭
　参拝者9名
1月1日　梅花出張所元旦祭
　参拝者5名

❍　我曰
　新年あけましておめでとうございます。
　今年の春節は２月７日です。だんだんとお正月ムードも高まってきましたね。新しい年を迎える喜びがあちらこちらで満ち満ちています。昨日の授業で学生に文を作らせる練習をしていたら、こんな文を作って発表してくれました。
　「いい気持ちでいられるように、毎日笑顔を持っています。」
笑顔は大切です。今の喜びが一年ずっと続きますように。
　本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
    新年快樂！！
    今年的春節是2月7日，因此現在漸漸感覺到過年的氣氛了。到處充滿著迎接新年的喜悅。昨天上課時，有一個學生造這樣的句子，發表給大家聽。
    ［為了保持心情好，每天持有笑容。］
我也覺得笑容是很重要的。希望大家現在的好心情這一年一直持續下去。

❍　天理教實踐的要項
神実様を祀り込む
　「かしもの・かりもの」の理を聞き分け、日々に感謝の念を湛えて生活しているつもりでも、ともすれば、それを忘れがちなものです。わが家に神実様をお祀りし、朝夕にお礼を申し上げましょう。また、うれしい時、困難にぶつかった時など、何かにつけて神前に向かうことによって心は安らぎ、勇みがわいてきます。それは自分を見つめ直し、心を澄ますひと時でもあります。
　親神様を中心に喜びと感謝をもって暮らすことで、自ずと親から子、子から孫に幸せの種である信仰が受け継がれ、陽気ぐらしの家庭が実現していきます。就職や結婚などで子どもたちが家を離れる時には、ぜひとも新しい住居に神実様を祀り込むようにしたいものです。
　『ようぼくハンドブック』より
安神奉祀
    儘管聽明［借貸之物］的教理，有心每天懷著感謝過日子，卻很容易就忘記。因此我們可在家裡安神奉祀，早晚參拜致謝。不管是高興的時候，還是遇到困難之際，任何芝麻小事只要在神前，心靈就會平和，而且勇氣倍生；有時亦可省視自己，澄清心靈。
    以父母神為中心，心懷喜悅與感謝而生活，自可將信仰的幸福種子世代傳承下去，進而實現康樂生活的家庭。子孫因就業或結婚等而自立門戶時，希望也能在新居奉祀父母神。
摘自《新版用木手冊》

      
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   <title>新年快楽</title>
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   <published>2008-01-01T16:41:11Z</published>
   <updated>2008-01-01T16:47:06Z</updated>
   
   <summary>新年快楽！！ おめでとうございます。 高雄は大晦日から少し寒くなり、お正月らしく...</summary>
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      新年快楽！！
おめでとうございます。
高雄は大晦日から少し寒くなり、お正月らしくなりました。
大晦日の前日、３０日には梅花出張所、おさめの月次祭をつとめさせていただきました。
お供えには、スイカもあがり、高雄ならではだなあと感じつつ、おさがりに頂くと、これが甘くておいしかった・・・。
では、同日発行の「通信」です。

梅花出張所通信49号
立教170年（2007年）12月30日発行

❍　日誌
11月25日　梅花出張所月次祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、呂榮元、許廣益、邱玉鳳、高雪芬、林信誠、松崎道孝。（計11名）

❍　我曰
　今年も一年結構にお連れ通りいただきました。
　皆様にも色々とお世話になり、ありがとうございました。
　来年はお互い更なる飛躍の年にいたしましょう。
　そして、親神様のお心に溶け込み、自らの心の成人、心のふしんに励みましょう。
    今年也父母神賜祐得以安度一年。
    受到大家的照顧、幫忙，鞠躬感謝。
    明年咱們更加活躍於各場面。
    咱們努力符合父母神意，自己的心靈成長、心靈建設

❍　天理教實踐的要項
朝づとめ・夕づとめ
　各地の教会では毎日、「朝づとめ」「夕づとめ」が勤められています。
　教会本部では、日の出と日の入りを基準に時刻を決めて勤められます。一般の教会は、それぞれに時刻を定めて勤めます。できる限り参拝したいものです。（中略）
　朝には、十全なるご守護に生かされていることにお礼申し上げ、今日一日、思召に沿って勇んで勤めることをお誓いし、また今日も無事無難に健やかにお連れ通りいただけますようにとの願いを込めて勤めます。夕べには、一日を結構にお連れ通りいただいたお礼と反省、そして明日への祈りを込めます。（後略）
　『ようぼくハンドブック』より
早拜‧晚拜
    各地教會每天需奉行［早拜］、［晚拜］。
    教會本部以日出日落的時間為基準而奉行。一般教會則自定時間。信者們最好每天能前往參拜。(中略)
    早拜時，除了感謝父母神賜與全能祐護，並誓言今天一天將遵循神意踴躍生活外，請父母神也保祐今天一天能平安無事的度過。晚拜時，一方面感謝父母神賜祐得以安度一天，並自我反省，進而祈願明天亦能平安。
摘自《新版用木手冊》

      
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   <title>梅花の１１月</title>
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   <published>2007-12-03T15:54:13Z</published>
   <updated>2007-12-03T16:07:18Z</updated>
   
   <summary>１１月２５日、季節はずれの台風が台湾へむかってきましたが、幸い被害もなく立ち去っ...</summary>
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      １１月２５日、季節はずれの台風が台湾へむかってきましたが、幸い被害もなく立ち去ってくれました。
そのかわり、それを境に気温がグッと下がり始め、一気に長袖の季節になりました。
そんな中、梅花出張所の１１月月次祭をぶじ執り行うことができました。
初めて来てくれた人も１名。賑やかなひと時でした。
人が多いと、暑くなり、クーラーもかけました。
みんな帰ったあとは、急に寒く感じられましたが。
ところで。
昨日は台中まで星野ジャパンの応援に行ってきました。
子供たちも初めての野球観戦で、楽しみました。
長い試合だったので、声がカラカラになりました。
１０時過ぎに試合が終わり、高速を飛ばして帰り、高雄には１時着。
今日も快勝して、北京行きが決まりましたね。
よかったよかった。

では、梅花通信１１月号をお届けします。

梅花出張所通信48号
立教170年（2007年）11月25日発行

❍　日誌
10月28日　梅花出張所秋季大祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、許廣益、邱玉鳳、林信誠、鄭貴元。（計9名）

❍　我曰
　「語学教育のほうと本職とどちらが忙しいんですか？」「え、佐藤さん、本職って何ですか？」「布教師です。」
　最近、ある席で何人かの方と交わした会話です。初対面の人には名刺を渡しますが、私の名刺は「天理教梅花出張所所長」との肩書き。先の会話の続きは今の私の様子、高雄やほかの台湾の地域の天理教の様子などに及びましたが、最初の私への問いかけは神様からのメッセージと受けとめました。各校での講義が増え、その準備などに追われる日々。しかし、「語学教育」と「布教」は全く別ではないと考えています。「においがけ」との言葉どおり、教壇から良いお道の「におい」を発すること。このことも更に自覚せねば。そして、おたすけ活動も。
    「語學教育和本職現在哪一個忙？」「咦，佐藤先生的本職是什麼？」「是傳教士。」
    這對話是最近在某個場所跟機個人講話時的。通常初次見面時交換名片，我名片上的頭銜是「天理教梅花出張所所長」。接著剛才的對話，講到我自己的近況、高雄以及其他地區的天理教狀況。可是剛才頭一個發問是父母神給我的message，我這樣領悟了。最近在各學校的課業增加，忙著準備上課。但是我認為「語學教育」和「傳教」並不是完全不符合的。如「播香」這個用語，我在講台上留心發出好香的天理味。透過這次的massage，我重新覺悟這點。另外實際的拯救活動也是。

❍　天理教實踐的要項
参拝の仕方
●本部神殿では・・・神殿・礼拝場では、まず、かんろだいに向いて正座。両手をついて一拝し、四回手をたたいて（四拍手）両手をついて礼拝をします。お願い事やお礼、またお詫びやお誓いなどを申し上げます。礼拝が終わったら四拍手し、両手をついて一拝します。
　神殿では多くの人は、朝夕のおつとめと同じ手振りのおつとめをして参拝します。教祖殿、祖霊殿では、一拝・四拍手・礼拝・四拍手・一拝をして、参拝します。
●教会では・・・各地の教会では、中央に親神様、右に教祖、左に祖霊様が祀られています。親神様、教祖、祖霊様の順に、それぞれ一拝・四拍手・礼拝・四拍手・一拝をして、参拝します。もちろん、朝夕と同じ手振りのおつとめをして参拝すれば、よりていねいです。
　『ようぼくハンドブック』より
參拜的方式
●於本部神殿：進入神殿、禮拜場，首先需面朝甘露台跪正，兩手著地一拜之後，拍四下手，再兩手著地禮拜。接著稟告祈願、謝意、慚悔。禮拜結束後拍四下手，再兩手著地一拜。
    神殿內的眾多信者和早晚拜同樣奉行著坐拜。在教祖殿和祖靈殿參拜，則只要一拜、拍四下手、禮拜、拍四下手、一拜即可。
●於教會：各地教會，神殿中央奉祀奉祀的是父母神，右邊為教祖，左邊是祖靈。參拜順序是由父母神、教祖而祖靈，方式同樣是一拜、拍四下手、禮拜、拍四下手、一拜。當然參拜之際，如能奉行早晚拜的坐拜手勢更佳。
摘自《新版用木手冊》

      
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   <title>梅花秋の大祭</title>
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   <published>2007-11-03T13:48:06Z</published>
   <updated>2007-11-03T14:19:10Z</updated>
   
   <summary>１１月になりました。 高雄もだいぶ涼しくなってきました。 きのうの夜、街角にある...</summary>
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      １１月になりました。
高雄もだいぶ涼しくなってきました。
きのうの夜、街角にある電光気温計では２５度。
秋風が半袖にしみました。
でもまだまだ半袖でも大丈夫。
なにせうちの子供は一年中半袖ですから。
先月は久しぶりに病院にかかりました。
傷が化膿し、薬が効かなかったら入院と言われ、
ちょっとうろたえました。
おかげ様で薬が効き、入院は免れましたが。
お貸し与えて頂いている体を大切に使わせて貰わねばと
痛感しています。
１０月２８日（日）に大祭をつとめました。
以下は同日発行の通信です。

梅花出張所通信47号
立教170年（2007年）10月28日発行

❍　日誌
9月23日　梅花出張所月次祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、呂榮元、許廣益、邱玉鳳、松崎道孝。（計9名）

❍　我曰
　10月は立教の月です。ちょうど170年前の陰暦10月26日にこの天理教が始まりました。奈良県天理市にあるおぢばでは毎年10月26日に秋季大祭が執り行われます。
　教祖、中山みき様お一人から始まったこのお道は、170年経った今日、世界各地に広がりを見せています。しかし、現在の世界情勢を眺めると、もっともっとお道の教えが広まり、教えに基づく生き方が世界に定着してほしいと、願わずにはおれません。
    十月是立教之月份。剛好一百七十年前的農曆十月二十六日開啟了天理教。在奈良縣天理市所在的原地，每年十月二十六日奉行秋季大祭祭典。
    剛開始時只有教祖中山美伎一個人開始的這條路，過了一百七十年的現在，已擴展到世界各地。可是注視世界的情勢，希望天理教的教導再擴大，在各地紮根基於這寶貴教導的生活方式。

❍　天理教實踐的要項
おぢばがえり
　親里・ぢばへ足を運んで参拝することを、故郷へ帰るという意味を込めて「おぢばがえり」といいます。月次祭、大祭をはじめ、節目節目にはおぢばへ帰って、私たち子供の帰りをお待ちくだされている親神様、教祖に親しくご挨拶し、お礼やお願いを申し上げましょう。
　親神様は人間の創り主、ぢばはあらゆるご守護の源泉地です。私たちの心の真実をお受け取りくだされてどんなご守護も下さいます。
　親里では月々の祭典のほかにも、夏のこどもおぢばがえりなど、さまざまな行事が開催され、をやを慕って帰り集う大勢の人々でにぎわいます。
　日ごろは、それぞれの教会に足を運びましょう。教会は親神様、教祖のお出張りくださる土地所の参り所です。そして、ようぼくは世界たすけの拠点ともいうべき教会の一員であることを忘れてはなりません。
　『ようぼくハンドブック』より
返回原地
    前往親里原地參拜，含有返回故鄉之意，故稱［返回原地］。不管是月次祭、大祭，或是任何侍候，我們都可隨時返回原地，向靜候我們這些子女回去的父母神和教祖請安、致謝或祈願。
    父母神是人類的創始者，原地是所有神祐的泉源。只要我們的誠心蒙神接納，必可蒙獲任何祐護。
    親里除了每個月的祭典外，也舉辦各式的活動，夏天的兒童返回原地活動是其中之一，懷幕父母而齊聚一堂的人們，讓親里顯得熱鬧無比。
    大家平素要常到各自的教會。教會是父母神、教祖循訪之地的參拜所。身為用木，應該謹記自己是拯救世界之據點－教會之一員才是。
摘自《新版用木手冊》

      
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   <title>梅花９月の御祭</title>
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   <published>2007-09-24T08:33:57Z</published>
   <updated>2007-09-24T08:43:21Z</updated>
   
   <summary>秋の雨が何日も続いている高雄。 明日の中秋節には月見ができるお天気を期待したいで...</summary>
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      <![CDATA[秋の雨が何日も続いている高雄。
明日の中秋節には月見ができるお天気を期待したいですね。
この四連休の二日目、２３日は、目出度くも、
梅花出張所の９月の御祭日でした。
翌日も休みということで、皆ゆっくりと歓談しました。
以下は同日発行の「通信」です。

<strong>梅花出張所通信46号</strong>
立教170年（2007年）9月23日発行
❍　日誌
8月26日　梅花出張所月次祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、呂榮元、林信誠、許廣益、邱玉鳳、松崎道孝。（計10名）
❍　我曰
　親神様からお借りしている身体。本当に有り難いです。この感謝の心を体で表現することが「ひのきしん」です。もちろん一人でも出来ることですが、同志が集まり一緒に「ひのきしん」をすることは親神様もお喜び下さるでしょうし、私達の喜び心、勇み心もより大きくなります。高雄では今年2回目の「ひのきしんデー」を開催する予定です。9月30日（日）午前9時から11時まで仁愛公園で清掃作業をさせて頂きます。参加できる方はご連絡下さい！！
    我們人類的身體是父母神借給我們的。非常值得感謝。把這感謝之心用身體表現的行為就是［聖勞］。［聖勞］是當然可以各自實踐。但志同道合的教友一起行動，父母神一定會很高興，我們的喜悅心以及踴躍心也會更大。在高雄預定進行今年第二次的［聖勞活動日］。我們9月30日（日）上午9時到11時在仁愛公園做清掃聖勞。可以參加的，請跟梅花出張所聯絡，謝謝！！
❍　天理教實踐的要項
布教所
　教祖に重い病をたすけていただいた先人が「この御恩は、どうして返させて頂けましょうか」と尋ねたところ、教祖は「人を救けるのやで」と仰せられ、「どうしたら、人さんが救かりますか」との重ねての問いに「あんたの救かったことを、人さんに真剣に話さして頂くのやで」と仰せられたといいます。（『稿本天理教教祖伝逸話篇』100「人を救けるのやで」）。
　親神様、教祖への一番のご恩返しは、にをいがけ・おたすけ。たすけていただいた元一日の喜びを忘れず、人だすけに努めることを誓って開設するのが「布教所」です。（中略）
　布教所は現在、国内外に約二万一千カ所。一人でも多くの人にたすかっていただきたい、親神様の思召を伝えたいと、地域社会で活動しています。
　『ようぼくハンドブック』より
佈教所
    重病得救的先賢們曾請示教祖：［對此厚恩，要怎麼樣報答才好呢？］教祖說：［要拯救人啊！］又問：［怎麼樣才可以拯救人呢？］教祖答說：［就是把你獲救的情形，用心地告訴別人。］（《稿本天理教教祖傳逸話篇》100［要拯救人））
    回報父母神、教祖的最佳之道，就是播香、拯救。謹記獲救元始一日的喜悅，矢志努力拯世救人而開設的是［佈教所］。（中略）
    佈教所目前海內外總數約二萬一千餘所。為了讓更多的人 得救，並宣揚父母神意，各地區的佈教所無不活躍的進行活動。
摘自《新版用木手冊》
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   <title>8がつのつきなみさい</title>
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   <published>2007-08-27T16:15:38Z</published>
   <updated>2007-09-11T17:19:22Z</updated>
   
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      　昨日（２６日）、本部遥拝式をつとめさせていただきましたが、
同時に、当出張所のお祭りもさせていただきました。
高雄の８月は台風などの影響と長居する低気圧のせいで、
雨降りが続き、あちこちで浸水など被害が出てました。
日照りの所や山火事のところに分けてあげたい気持ちでした。
しかし、きのうは雨も降らず、よかったです。
では、きのう付け発行の「通信」をお届けします。

梅花出張所通信45号
立教170年（2007年）8月26日発行

❍　日誌
7月22日　梅花出張所月次祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、呂榮元、林信誠、許廣益、邱玉鳳、松崎道孝。（計10名）

❍　我曰
　人は病気になったり、けがをしたりします。この時、これは神様からのメッセージと受け止めることが大切です。神様は何を伝えようとしているのだろうと神様と向き合うことです。いずれにせよ神様は人間が互いにたすけ合って陽気に暮らすことを望まれています。そのことをあらためて確認するチャンスでもあると思います。
    人有時會生病，也會受傷。重要的是把這些當做神給人的message，而誠懇地接受。也就是說，面對神聆聽祂要告訴我們的話。儘管如此神一直希望我們人類互相幫助，過康樂生活。或許這時候是能夠重新再確認這一點的好機會。

❍　天理教實踐的要項
教会
　「みかぐらうた」に、
　　どうでもしんじんするならバ　かうをむすぼやないかいな　（五下り目10）
とあるように、教祖は早くから、「講」を結ぶように促されました。そして、教祖が現身をかくされた翌年、明治21年（1888年）、ぢばに教会本部が設置されたのを契機に、各地に結成されていた講から次々と教会が誕生しました。
　教会には、親神様目標と教祖目標、ならびに歴代会長、ようぼく・信者の霊が祀られます。教会本部と各地の教会は、「息一つのもの」と教えられるように、ぢばの理を戴き、本部を中心として、教会が四方八方に伸び広がるところに世界たすけの御業は進められていきます。
　教会は、親神様の思召を伝え広めるたすけ一条の道場であり、それぞれの地域社会における陽気ぐらしの手本雛型と教えられています。教会に寄り集うようぼくは、常に人をたすける心を培い、実働に励むとともに、信仰の喜びを分かち合い、一手一つにたすけ合って、その実を挙げるよう努めることが大切です。（中略）
　日本国内各地、そして海外にも教会はあり、その数一万七千余に及びます。（後略）
　『ようぼくハンドブック』より
教會
      既然信心真且誠  多多節講將世拯  （五段 10）
    誠如這首［神樂歌］所唱頌，教祖很早就催促要成立［講社］。在教祖隱去身影的翌年，明治二十一年（一八八八年），以原地建教會本部為契機，各地的講社紛紛成為教會。
    教會中奉祀著父母神、教祖以及歷代會長、用木、信者之靈。教會本部與各地的教會，就像教義所說的［同一氣息］般，各地教會是承襲原地之理，並以教會本部為中心，而逐漸發展至四面八方，進行世界拯救的大業。
    教會是宣揚父母神意、專心拯救的道場；亦是各地區、社會康樂生活的雛型範本。齊聚在教會的用木，應該隨時培養救人之心，切實展開行動，同時分享信仰的喜悅，力求齊心合一、互相幫助，以展現成果。（中略）
    日本國內與世界各地皆有教會，總數計高達一萬七千餘所。（後略）
摘自《新版用木手冊》
      
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   <title>7月月次祭</title>
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   <published>2007-07-25T15:54:00Z</published>
   <updated>2007-09-11T17:19:22Z</updated>
   
   <summary>２２日（日）、今月の月次祭を行いました。 真夏の暑い熱い高雄ですが、 賑やかなお...</summary>
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      <![CDATA[２２日（日）、今月の月次祭を行いました。
真夏の暑い熱い高雄ですが、
賑やかなお祭りとなりました。
ありがとうございました。

では、同日発行の通信をご覧ください。

<strong>梅花出張所通信44号</strong>立教170年（2007年）7月22日発行

❍　日誌
6月24日　梅花出張所月次祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、許廣益、松崎道孝。（計7名）

❍　我曰
　２年ほど前からおさづけの取り次ぎと朝夕のおつとめでお願いをさせてもらっている方がいます。その時お会いしたのは、身上を頂いてから半年以上経った時で、痛みが毎日続き、何をする気にもならないようで、仕事も休んでいました。その後、数か月おきにお会いしてきました。そして先日は今までになく明るい顔で、「身体に痛みはあるけど、心は前向きになった。ありがとう。」と話されました。心をたすけていただく姿だと思いました。引き続き更に心を尽くさせてもらおうと心にそう誓いました。

    為了有一位受過傷的女性，兩年前開始幫他行使神授。還有在每早晚拜時祈禱病情好轉。兩年前那時候，受傷已經過了半年的時間，每時每刻有疼痛，無法做任何事，也請很久的假。之後見過幾次。前幾天碰面的時候帶著曾經沒有的笑臉出現。她說：［雖然還有痛，但心理好轉，可以往前看了。謝謝。］我覺得她的心靈得救了，我應該繼續更加努力幫助她。如此發誓。

❍　天理教教義的要項
原典
　親神様じきじきの啓示の書である『おふでさき』『みかぐらうた』『おさしづ』を三原典といい、本教の教義はこれらに基づきます。
　『おふでさき』は、神のやしろとなられた教祖が、自ら筆を執って記された書き物で、十七号、千七百十一首のお歌からなっています。教えの全容が述べられていますが、特につとめの完成を最大の眼目としています。
　『みかぐらうた』は、つとめの地歌として教えられたもので、五節からなり、かぐらの地歌（第一節～第三節）と、てをどりの地歌（第四節＝よろづよ八首、および第五節＝一下り～十二下り）に分かれます。手振りが付き、特に後者は数え歌になっていることから、最も身近で親しみやすい教えの書でもあります。
　『おさしづ』は、教祖ならびに本席様による口述の教えを筆録したものです。親神様の方からその時々に応じて神意を述べられたものを「刻限のさしづ」、人間の側からの伺いに対して答えられたものを「伺いのさしづ」といいます。
　『ようぼくハンドブック』より

原典
    父母神親自啟示的書籍《御筆先》、《神樂歌》、《御指圖》稱為三原典，天理教的教義以此為基礎。
    《御筆先》：是成為父母神神龕的教祖，親自執筆寫下之書。全部十七號，共有一千七百十一首的詩歌。其中敘述著教導的全般，特別是聖舞的完成為最大的著眼處。
    《神樂歌》：是做為聖舞的地歌而教導之物。全部五節，分成神樂的地歌（第一節～第三節）；手舞的地歌（第四節的八首、第五節一段～十二段）兩部份。另配以手勢，尤其是後者，數數兒歌的形式，更讓人感到親近易記而教導的書籍。
    《御指圖》：是透過教祖及本席口述的教導，近旁者以筆紀錄之物。以父母神因應必要的時機，講述的神言稱為〈時限御指圖〉；針對人們所請示的事情回答之神言，稱為〈請示御指圖〉。
  摘自《新版用木手冊》]]>
      
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   <title>今月の月次祭（６月）</title>
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   <published>2007-06-26T15:37:13Z</published>
   <updated>2007-09-11T17:19:22Z</updated>
   
   <summary>２４日、梅谷大教会の祭典日でしたが、 当出張所も月次祭を行いました。 高雄は夏本...</summary>
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      ２４日、梅谷大教会の祭典日でしたが、
当出張所も月次祭を行いました。
高雄は夏本番を迎えましたので、
前前日エアコンを買いました。
以下は２４日付け通信です。

梅花出張所通信43号
立教170年（2007年）6月24日発行

❍　日誌
5月27日　梅花出張所月次祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、呂榮元、許廣益、邱玉鳳、棚田義行、松崎道孝。（計10名）

❍　我曰
　6月ももうすぐ過ぎようとしています。時が過ぎるのは早く、今年の半分が終わってしまいます。与えられる時間は一日24時間。これは誰も同じです。時を大切に使いたいものです。
    6月也快要過去了。時間過得真快，今年過了差不多一半了。我們所能使用的時間是24個小時，任何人都一樣的。應該珍惜時間才對。

❍　天理教教義的要項
ひのきしん
　親神様のご守護に感謝をささげる自発的な行為が「ひのきしん」です。
　一般的には、寄進は「社寺などに金銭・物品を寄付すること」（『広辞苑』）を意味しますが、
　　なにかめずらしつちもちや
　　これがきしんとなるならバ　　（十一下り目　７）
と、本教では身をもってする神恩報謝の行いをも寄進としてお受け取りくださるところに、ひのきしんの面目があります。
　従って、貧富や老若男女の別なく、真実の心一つでだれにでもできるものです。「日々常々、何事につけ、親神の恵を切に感じる時、感謝の喜びは、自ずからその態度や行為にあらわれる。これを、ひのきしんと教えられる」（『天理教教典』）とあります。すなわち、ひのきしんは、日々の絶えざる喜びの行いであり、その姿は千種万態です。信仰のままに、感謝の心から、喜び勇んで事に当たるならば、それはことごとくひのきしんとなります。（後略）
　『ようぼくハンドブック』より
聖勞
    感謝父母神的祐護，從內心自發性的行為就是［聖勞］。
    一般來說，在寺廟奉獻神佛是以金錢、物品為主。
    如神樂歌中教導：
        運土工作亦珍奇
        如是聖勞願效力        （十一段 7）
    天理教是以身體行為來報答神恩感謝做為奉獻，如此才是聖勞的真正意義。
    因此，不分貧富、男女老幼，只要有誠心不論何人都能夠做得到。如天理教教典裡寫著：［日常無論對於任何事情，當我們深切感到父母神的慈惠時，感謝的喜悅自然就會表現在態度上、行為上。這種表現、就稱為聖勞。］也就是說，聖勞是日日不絕的喜悅行為，表現的方式有各式各樣。出自於自身的信仰、感謝之心，歡喜、踴躍的面對事情，就是聖勞的姿態。(後部省略)
  摘自《新版用木手冊》
      
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   <title>５月月次祭でした</title>
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   <published>2007-05-28T16:00:17Z</published>
   <updated>2007-09-11T17:16:20Z</updated>
   
   <summary>昨日（２７日）はお祭り日。 結構につとめさせてもらいました。 昨日付けの『通信』...</summary>
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      昨日（２７日）はお祭り日。
結構につとめさせてもらいました。

昨日付けの『通信』です。

梅花出張所通信42号
立教170年（2007年）5月27日発行

❍　日誌
4月2９日　梅花出張所月次祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、許廣益、邱玉鳳、松崎道孝。（計8名）

❍　我曰
　私達が所属する北海道の教会、花畔分教会では、NGO団体「echo」を立ち上げ、アフリカ・ケニヤ支援を行っています。弟がその中心となってケニヤに滞在していますが、昨年から始めている植林事業についての報告が入りました。昨年末に植えた種が現在1500本の苗木に育ち、これらを近隣の60もの学校の敷地内や生徒の家などに植えてもらう準備を進めているということです。活動が益々広がり嬉しく思うと同時に、一会員としてこちらからも何とかサポートしなくてはと考えています。あなたも「echo」の会員になりませんか？
    我們所屬的教會就是位於北海道的花畔分教會。本教會有非政府組織 (Non-Government Organization)名叫［echo］進行對非洲的肯亞支援。我弟弟現在住在肯亞，支援活動是以他為中心進行。最近有關於植樹造林計劃的報告說：去年年底播的種子現在已經長到1500根樹苗了，正在準備發給近鄰的60所學校的校園或學生家。看到活動越來越擴大感到高興，同時因為我本身也是一個會員的立場，所以在想用什麼辦法能幫助相關的活動。您也當［echo］的會員，一起支援，好不好？

❍　天理教教義的要項
たんのう
　「たんのう」の原義は足りているということだとされています。つまり、満足したという心の状態です。
　苦しい状況の中でたんのうするとは、単に歯を食いしばって我慢したり、泣く泣く辛抱することではありません。これで結構、ありがたいと前向きに受け止め、心を励まして踏ん張ることです。また、そこに運命の切り換わる道が開けてくるのです。従って、たんのうはあきらめの心情ではありません。悪い状態を無気力に受容することでもありません。
　「たんのうは前生いんねんのさんげ」とのお言葉にうかがえるように、成ってきた事柄を、成るべくして成ったものと受け止め、その因ってくるところを思案し、芳しくない運命が切り換わるよう、理づくり、努力することを決意することです。
　『ようぼくハンドブック』より
樂從
    ［樂從］日文原義本來是指著知足的意思而言，也就是說內心滿足的狀態。
    在痛苦的情境下力行樂從，並不是咬緊牙根忍耐或不情願的承受，而是要放開心胸，以喜悅與感謝的心態接受，激勵自己往前邁進，如此就能打開改換命運之道。因此，樂從並非不得已而放棄的心境，也不是死心無奈的順從。
    就如教義中所言［樂從即前生因緣之懺悔］，將所發生的事情，當做應有的結果來接受，從其中思考原因，然後下決心改換不好的命運而努力積德才是。
  摘自《新版用木手冊》
      
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   <title>4月の月次祭</title>
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   <published>2007-05-05T07:22:28Z</published>
   <updated>2007-09-11T17:19:21Z</updated>
   
   <summary>本日は５月５日。 日本ではこどもの日。 もう一週間が過ぎますが、 ４月２９日は、...</summary>
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      本日は５月５日。
日本ではこどもの日。
もう一週間が過ぎますが、
４月２９日は、午前にひのきしんデー。
夕刻から月次祭でした。

では、２９日付け発行の「通信」です。


梅花出張所通信41号
立教170年（2007年）4月29日発行

❍　日誌
3月25日　梅花出張所月次祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、呂榮元、許廣益、植田和夫、松崎道孝。（計９名）

❍　我曰
　去年ある方におさずけを取り次がせていただきました。体の具合が悪く、仕事もしばらく休んでいました。おさづけの前に、「親神様のお名前は『天理王命』とおっしゃるので、心に『南無天理王命』と唱えてください」とお話しました。そして取り次いだ後で、「感謝の心、喜びの心を忘れないように、毎日『南無天理王命』と唱えられるといいですよ」とつけ加えました。その後、少しして体調もよくなり仕事も徐々に再開し始めたと聞いていました。その方が最近次のように話してくれたのです。「あれ以来、毎朝目が覚めると『南無天理王命』と唱えるようにしているんです。その後何度か病院で検査を受けましたが、不思議と結果は良好なんですよ」と。本当に嬉しい一言でした。
    去年有一次我幫有一個人行使神授。那時因他身體不好，休職一陣子。行使前，我對他說：［父母神的神名是《天理歐諾彌格多》，請唸到祂的名字。］接著說：［為了不要忘記感謝與喜悅之心，最好每天唸到神名。之後，過了一陣子聽說他的身體好起來，工作也慢慢再開。最近他對我說這番話。［從那以後，每天早上一定唸著《天理歐諾彌格多》，之後果然醫院的檢查結果都沒問題了。］我聽了這句話，感到非常高興。

❍　天理教教義的要項
いんねん
　元来は仏教用語で、直接的原因（因）と間接的条件（縁）との組み合わせによって、さまざまの結果（果）を生起することを意味します。
　「おふでさき」では専ら、「元のいんねん」の意味で使われています。すなわち、親神様が陽気ぐらしを見て共に楽しみたいと、元のぢばにおいて人間を創造されたという元初まりに由来するいんねんです。
　「天理教教典」では、また、「善き事をすれば善き理が添うて現れ、悪しき事をすれば悪しき理が添うて現れる」と、厳然たる因果律の存在が述べられています。いんねんは今生一代にとどまらず、末代の理である魂に刻まれて、来生へと受け継がれるものでもあります。
　ただし、本教でいういんねんには、仏教などでいう因果応報とは違い、その奥に陽気ぐらしへと導こうとされる子供かわいい親心があることを忘れてはなりません。
　『ようぼくハンドブック』より
因緣
    這一句話本來是佛教用語，直接的原因［因］與間接的條件［緣］的組合，進而造成種種的結果［果］之意思。
    ［御筆先］裡專指著［元始因緣］之意使用。也就是說，父母神為要使人類過著康樂生活，與人類共享快樂，而於元始原地創造人類之創世由來的因緣而言。
《天理教教典》之中也有著［有時會播下善種，也有時會播下惡種。所以行善就會顯現出善果，性惡就會顯現出惡果。］將敘述儼然不變的存在的因果戒律。因緣不只限於今生一世而已，將深刻於永世之理的靈魂，帶至來世繼承下去。
    然而，天理教所說的因緣，與佛教等的因果報應的說法不同。這是在其深處蘊含著引導人們過著康樂生活，疼愛子女的偉大慈心，這一點不得忘記。
  摘自《新版用木手冊》
      
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   <title>3月月次祭</title>
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   <published>2007-03-26T04:24:34Z</published>
   <updated>2007-09-11T17:16:20Z</updated>
   
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      きのう３月２５日は梅花出張所３月月次祭でした。
きのう付けの通信です。

梅花出張所通信40号
立教170年（2007年）3月25日発行

❍　日誌
2月25日　梅花出張所月次祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、呂榮元、許廣益、邱玉鳳、松崎道孝。（計９名）

❍　我曰
　佐藤素成が小学校を卒業しました。来月からは中学生です。卒業式に出席し、時の経つのははやいものだなあと、しみじみ思いました。来年はなおりの番、再来年は日々喜。その次は、また素成と。一体いつまで続くのか・・・。
    佐藤素成小學畢業了。下個月就要當國中生了。我也參加了畢業典禮，感慨感受到時間過得真快。到了明年就換直理，後年就輪到日日喜。再來又換素成了？到底會繼續到何時呢‧‧‧？

❍　天理教教義的要項
生命のバトンタッチ
　一般的には、誕生はめでたく、死は何か暗い、忌まわしいものと考えがちですが、本教では「出直し」「生まれ替わり」と教えられます。
　死は、それで終わり、それっきりというようなものではなく、生まれ替わり、つまり再生のための節目、出発点であるということです。
　少し考えてみれば分かることですが、死がなければ誕生もあり得ません。死ぬ者がなくて生まれる者ばかりであったら、たちまち地球は人であふれかえってしまいます。そう考えますと、誕生と死は一つのものであり、切り離すことのできないものであることが分かります。
　連綿と続く生命の営み、命のサイクルの節目を言い表す「出直し」「生まれ替わり」。その言葉自体に、死というものが終わりではなく、再生へのスタートであり、誕生が単なる生命の始まりではなく、前生よりの命を引き継いでいるものであることが含意されています。大きな生命の流れの中でのバトンタッチを繰り返しながら、陽気ぐらしへの歩みが進められるのです。
　『ようぼくハンドブック』より
生命的傳承
    一般人總認為誕生是值得慶幸，死亡是悲傷、不祥的。而在天理教則教導為[轉生]、[轉世再生]。
    也就是說，死亡並不是結束，或就此了結，而是轉世再生，是再生的一個階段、出發點。
    稍做思考即可了解，有死亡才有新生命的誕生。若光只誕生，沒有往生者的話，這個世界在一瞬間就擠滿了人潮無立身之地。因此，可以了解到誕生與死亡是一體兩面之物。
    連綿不斷的生命傳承，表現生命週期的就是[轉生]、[轉世再生]。這在語義上，就表明死亡並不是結束，而是面向再生的出發。誕生並不只是生命的開始而已，其中包含著繼承前世的生命之意。在偉大的生命洪流之中，持續不斷的生命傳承下，步向康樂生活。
  摘自《新版用木手冊》
      
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   <title>2月月次祭でした</title>
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   <published>2007-02-26T17:34:25Z</published>
   <updated>2007-09-11T17:16:20Z</updated>
   
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      ２５日は梅花出張所の２月月次祭でした。
温かい陽気で、結構でした。
高雄はもう春です。そしてすぐ夏になる・・・

以下は同日発行の通信です。

梅花出張所通信39号
立教170年（2007年）2月25日発行

❍　日誌
1月25日　梅花出張所春季大祭
　佐藤圭司、むつ美、素成、なおり、日々喜、呂榮元、許廣益、邱玉鳳。（計8名）

❍　我曰
　高雄の川と言えば、「愛河」です。では、高雄の山と言えば・・・？そう、「寿山」です。日本時代に高雄神社（現在の忠烈祠）が建てられたことはよく知られていますが、この春節休みに、家族で寿山山頂を目指しました。山登りは、とてもいい経験です。道中目に入る木々や植物の緑。鳥や動物、昆虫などにも出会えます。しかしやはり辛く苦しい登り坂、それを登りきり、頂上に到達した時の爽快感。普段の生活にもなぞらえることができそうです。また、だれ彼の区別なく他の登山客と挨拶を交わすことができるのも嬉しいです。その日、山頂で持参したおにぎりを食べている時、後から来た家族連れと少し話をし、別れ際に女の子が「新年快楽！」と笑顔で言ってくれました。すごく温かく何とも言えない嬉しい気持ちになりました。では、皆さんにもこの気持ちをお分けして、「祝大家新年快楽！」
    高雄的河流就是［愛河］。那麼，高雄的山呢？那是［壽山］。眾所周知，日本時代在壽山建立高雄神社（現忠烈祠）。我們一家利用這春節假期登壽山。登山是個好經驗。爬山中途可以看到森林植物的綠色。也會碰到動物、鳥類、昆蟲等。但還是爬很陡的山坡很辛苦。然而達到山頂時感受到非常爽快。平常的生活好像可以比作登山。而且，在途中無論對象是任何人互相打招呼也讓人很開心。那天在山頂吃飯團的時候，跟有一家登山家族聊天。他們下山時其中有一個女孩子對我們說：［新年快樂！］讓我覺得溫馨，而且非常高興。現在請大家分享我的高興，我衷心祝你新年快樂!!

❍　天理教教義的要項
出直し・生まれ替わり
　天理教では、人の死を「出直し」といいます。親神様からの「かりもの」である身体をお返しすることを指します。
　出直しの語は元来、「最初からもう一度やり直すこと」を意味することからも察せられるように、死は再生の契機であり、それぞれの魂に応じて、また新しい身体を借りてこの世に帰ってくる「生まれ替わり」のための出発点であることが含まれています。
　前世までの心の道であるいんねんを刻んだ魂は、新しい身体を借りて蘇り、今生の心遣いによる変容を受け、出直し生まれ替わりを経て、また来世へと生まれ出ます。
　『ようぼくハンドブック』より
轉生‧轉世再生
    天理教將人的死亡稱為［轉生］。是指歸還［借貸之物］的身體之意思。
    ［轉生］日文的原文為［出直］，由日文的原意［重新再來一次］可以知道；死亡是重生的契機，因為各自靈魂，再借新的身體回來世間。這包含著為了［轉世再生］之意。
    前世心念所形成之因緣銘刻在靈魂，再借新的身體重生，並由今生心念累積改變轉生而反覆帶至來生。
  摘自《新版用木手冊》
      
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