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奇跡。

生き返った命。
平成16年1月27日から2月10日まで、NPO ACEFが活動をしているエンブ市を訪問してきました。
ここには、4男洋司が1998年からお世話になっていました。
約20時間を超すフライトで28日到着。その夜は、ナイロビのホテルで宿泊でした。翌29日から、ほぼ国の中央にそびえる、ケニア山の周囲を一周するように各地を訪れ、それぞれの施設を視察し2月5日エンブへ帰ってきました。
2月9日、ナイロビを出発、ドバイを経由して、2月10日、大阪関西空港へ。すぐ札幌行に乗り継ぎ、千歳空港へは20時25分到着した。札幌に1泊、教会へ11日帰宅をしました。ところが、とんでもないことが起こっていました。この2日前、信者さんのMさんが、風邪薬のアナフラキシー ショックで、倒れ救急で救命処置を受けたのに、40分もの間心肺停止。もはや回復できないと家族は医師に告げられました。奥さんはじめ家族は身動きしない体にとりすがり、「お父さん、お父さんと」泣き叫ぶと、なんとパッと目が開きました。医師に告げるとすぐに様々な装置を付け処置をすると心臓が動き、呼吸を始めたのです。ただちに集中治療室に運びあらゆる手立てを加えると、生命の営みが再び始まりました。私は、すぐに駆けつけました。ベッドに寝ている彼のそばに行くと、薄く目を開き、思いもかけない言葉を吐きました。「会長、ケニアに、道はついたんかい」と弱弱しい声で言うのです。この緊迫している状況での言葉に、「うん、ケニアでは、立派な神殿もでき、素晴らしいおつとめがケニア人の手でつとめられているよ」と告げると、「うーん」と一言いって、また、眠りに入っていきました。それまで、死にゆく苦しみに悶える姿は、たくさん見てきましたが、今ここでは、まさに、細胞の隅々に血流がいきわたり、蘇生していく悶えに苦しむ姿があり、初めて目にするものでした。教会に帰って、ご神前にぬかずき、たすけて頂いたお礼と共に、これからは、しっかりとケニアへの御用をする洋司を支えて、通らせていただきますと、お誓いを致しました。親神様、おやさまにお前しっかりやれと、背中を強く押されたように感じたのでした。勿論その方は今も元気に教会の中心になって、よき理解者として、おはたらき下さっています。しばらくして、落ち着いて旅をふりかえっていたら、はっとあることを思い出したのです。それはナイロビに着いた、1月28日ホテルで寝たその夜夢を見たのです。日本に帰って誰かに一所懸命ケニアの話をしているのです。翌朝、同行の人たちに、夕べ日本に帰った夢を見たと話したら、「来たばっかりなのに、もう帰ったんかい」と笑われました。それがよく考えてみると、その話している相手は、Mさんだったのでした。

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2019年04月04日 07:56に投稿されたエントリーのページです。

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