2011年04月05日

キッズサポーター

キッズサポーター制度・NPOマムからの支援によって、モーゼス・ムトゥーリ君が学校に通えるようになりました。

HERO OF THE NATION小学校の6年生になりました。

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モーゼスは、西部のルヤ族の父とキクユ族の母親の間に産まれ、ケニア西部の町、ムミアスで暮らしていました。この街ではキクユ族は少数派です。2007年(前回の大統領選挙の年)、父親の体の具合が悪く、母親がジャガイモを売って生計を立てていました。

その12月、大統領選挙が行われ、その後、選挙に落選した西部部族がサポートしている対立候補が不正を訴え、暴動が起き、それがさらに部族間対立にまで発展し、ムミアスでも暴動、略奪、迫害などがありました。

家財道具を略奪され、住むとこを追われた家族は、町外れの父親の実家へ避難。時を同じくして父親の容態が悪化、病院に入院することになり、心臟部へ悪性腫瘍が転移したとの診断がおりました。

2008年7月、多くの爪あとを残しつつも暴動は収束に向かいます。しかしながら、地方都市でのいざこざは依然として続き、ムミアスでもそれは同じでした。当時、父親は「子どもの顔が見たい」と病院を出、実家に帰っていました。しかし夜半過ぎ、家の外での異変を感じます、人々の怒号、叫び声、悲鳴・・・。それらが続いて父親は不安、恐れから容態を悪化させ、翌日再入院します。ひとまず小康状態を取り戻したものの予断を許さない状況から、家族はまた次の日に見舞いに行くことにしました。しかしそれが最後となってしまいました。

父親を亡くした家族は身の危険を感じ、ムミアスを出て、母親の実家であるニャフルルに引越しました。仕事をさがすため母親は親類を頼ってナクルへ。子供達はニャフルルの祖父母の元に残ることになりました。かといって年老いた祖父と祖母に子供たちを養っていくだけの蓄えは無く、クリスチャン系孤児院の世話になったりして学校に通わせていました。しかしどこも状況は厳しく、母親のいるモーゼスの支援は打ち切られてしまいます。

サッカーが好きなモーゼスはグラウンドに来て FCグリフォンの練習に参加するようになり、そこではじめて事情が明らかになりました。

NPOマムの鶴巻氏がケニアを訪れた際にその話題になり、打ち合わせの末、マムからの支援が決まりました。

先日、学期休みで早速グラウンドに来ていました。
話を聞くと、中間テスト15位→期末テスト10位にアップ!頑張ったね。将来の夢は飛行機のパイロットになって、日本に行くことだそうです。頑張れー!

来週モーガンも帰ってきます。
二人とも似たようなハーフだから仲良くなれるかな。

2011年03月24日

苗木センター 続報

苗木センターでは、早速、サイプラスという木の苗木の準備を始めました。

今回はまず、芽が出た苗床を購入し、一本ずつ手作業で袋に分けていきます。

一方では種を購入して、自分たちで用意した苗床に蒔き、世話をします。

始まったばかりなので、これらを同時進行で行います。

苗床と個別の袋には、森から持ってきた土に有機肥料を混ぜてあります。

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2011年03月18日

苗木センター 続報

3月から始まった苗木センター。
現在もサッカーチームの子を中心に、頑張ってくれています。

途中2度、森林局に属する警察に邪魔というか嫌がらせというかいちゃもんをつけられたりしましたが
こちらは悪いことなどこれっぽっちもしてないので、丁重にお帰り願いました。
こういったことはケニアでは良くあることなので気にしないことにします。

さて、最初の日記では一週間で種まきとか言ってましたが、甘かったです。
2週間以上経った今、まだ始まっていません。

進捗状況を写真でお知らせします。
高低差があるので、上下2段のレベルにし、スロープを作りました。

上側から

IMG_2288 これが

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 IMG_2432 こうなった

下側から

IMG_2290これも

IMG_2425こうなって

ななめから

IMG_2285これが

IMG_2430  こうなった

近いうちに苗床を作り、種を撒くことができそうです。

2011年03月09日

ニャフルルには2人日本人が

実はニャフルルには日本人が2人いるんです。

昨年の7月から市内のニャンダルア小学校に教員として赴任されている、
JICA青年海外協力隊員のY子さんです。
校内教員宿舎にて生活しています。

3月5日、土曜日はY子さん主導による小学校のスポーツ大会でした。
私も呼ばれて、お手伝いしてきました。

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当日はケニア各地に赴任されている、他の協力隊員の方々もたくさんかけつけてくれており
9時から開会式、準備運動と。
FCグリフォンからも2人連れていき、私は会場の手伝いとかサッカーの助っ人をしたりしていました。

そして協力隊以外にも日本人のお客さんが来てくれました。

現在、陸上トラック競技のトレーニングで訪れている方々です。
中には日本代表の肩書きを持つ方も。さすがニャフルル、国際的です。

子供の競技が終わり、日本人チームと子供チームのサッカーの試合などを行い、
みんなで昼食をとった後、表彰式。
その後、日本人からUFOとよさこいソーランのダンスを披露。
そしてお返しに子供たちからケニアンダンス。

終始、賑やかで、楽しいひと時を過ごしたかに見えるのですが、
実はサッカーの時、日本人の一人が骨折したので病院に運びました。

2011年03月07日

10 対 2 FCグリフォン試合情報

FCグリフォン 対 ブルーなんとか
3月6日 練習試合

前半を3-0で折り返し、終わってみれば10-2で勝利。
対戦相手とは3週間前にもトーナメントで対戦、その時は0-1で敗戦。(ケビンが後半ロスタイムで得たPKをはずした)
きっちり借りを返して、みんな満足、でも失点シーンは反省しなきゃ。完全に気が抜けていた。
あまいトラップ、中盤の構成など他にも反省点はたくさん。
でも得点のほとんどがスルーパスから抜けだした形。自分たちの得意な形ができてきたかな。

試合途中、相手プレイヤー人数を数えてみると、10人しかいない。
私は前半終了間際から見ていたので、「相手、誰か退場になってたの?」と聞いたら
「疲れたって行ってどっか行った(逃げた)」との事。
9人になってた時間帯もあったらしい。
そりゃあ10点も入るわ・・・相手はやる気がなくなっていて、守備も攻撃もバラバラ。
こっちは後半途中から、経験値稼ぎのためにサブをどんどん投入。

ケニアではこういったことが良くあります。
100メートル競争とかやって、半分くらい走って勝てないとわかると、走るのやめちゃうんです。
走る前は「日本人なんかに負けるわけないわ~(ヘラヘラ」とか言ってたのに。
まず相手をなめてかかる。旗色が悪いとあきらめて、言い訳をする。
「今日は調子が~」「靴があってなくて~」などなど。
そして負けを認めない。最後まで全力で戦おうとしない。

でもうちのプレイヤーは、試合後のミーティングで、「相手のことなんかどうでもいい、
自分たちが良いプレーをできたかどうかだ。反省点はたくさんある」と冷静です。
いやぁ、頼もしい限りです。「もっと強い、というかちゃんとしたチームと試合がしたい」って。
全くです。

写真はうちのMF、チャールズです。 高校2年。

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